差別や不平等を見るということ

一部のわがままな政治家たちが権力を長く持ち続けているせいで(おかげで?)、権力者に対する忖度(そんたく)や不正が、どんどん明るみに出ています。

私にとっては、すごく不思議で驚きなんですが、こうした状況の中でも、世の中は何ごともないかのように、そのまま動いています。

世の中には、「差別や不平等をなくしましょう。」と声高に言う人がいます。「差別や不平等はなくすことができる。」「なくすことができるはずだ。」と言い切る人もいます。理想論と言ってしまえばそれまでだけど、それってちゃんと見えているのだろうかと、ふと考えました。

どこにそんな根拠があるのだろうか。それは、制限速度50キロの道路を時速50キロで走っているクルマを、制限速度をオーバーしないで追い越せることができると言っているようなものじゃないのかな。

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私が見る限り、世の中に差別や不平等はあります。男女間でもそうだし、学校のいじめなどもそうでしょう。社会から落ちこぼれた人と思われると、ただそう見えるだけで白い目にさらされます。世界に目を転じれば、戦争や紛争は絶えません。ちゃんとした状況が見えていない中で無益な戦闘が行われ、兵士も住民もただ傷つくばかりです。

人は、「まあこれくらいなら」「これまでもそうだったから」と考えます。そういう「あるものをないものにしようとする」論理が、差別や不平等を見えにくくし、逆に助長しています。そのことを考えない、見ない人が多いように思えます。先生だから、上司だからと立場を利用する人もいるでしょう。もちろん、私にも心のどこかにあるのだと思います。人を傷つけたこともありました。ただ、私は考えたい。そのままを見る。あるものを、ないことにはしたくはないと思うんです。

いいか悪いかで論ずれば、差別や不平等はないに越したことはないですね。

ただ誰も自分はかわいい、身内はかわいいと思うでしょう。自分や身内が差別されれば憤る人でも、優遇を受ければ、そこにある差別や不平等に気づかないことがあるのではないかな、と思います。

しっかりと見る癖をつけておきたいです。そして、いい悪いではなく、そのままを感じたままを、その心を見逃さないようにしたいと思います。

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