チタイ族・タナイ族

人って「持ちたがる」生き物だなあと常々思う。

クルマを持ちたい。家を持ちたい。お金がほしい。恋人がほしい。それに「もっと」とか「いい」がついたりするから厄介だ。クルマを持っているにもかかわらず、もっといいクルマを持ちたがる。

そういうときって、見ているのは、外側なんですね。人とくらべてる。自分にはただ「ない。」と思ってる。あってもないって思っていたりする。

いや、まあ、持てる人はいいと思うんです。

いわゆる「テル族」ですね。・・・そんな言葉ないですけど。今、作りました。

家が金持ちだったっていう人、いいじゃないですか(うちはちがうけどー)。アレほしいで買えるんなら。

私もテル族になりたいと思ってて、ずっとチタイ族だったと思うわけです。

能力とか、才能とか、あこがれますよね。

人ができないことをできているって思うから。

でも、よーく考えてみたら、その人がやっていることっていうのは、その人しかできないことなんですね。

はい。

あたりまえ川柳: コンビニで酒買うじいさん二十歳過ぎ まるせん川柳

あたりまえのコンコンチキチキです。

で、最近、私はチタイ族からタナイ族に変わったのです。

もちろん、その途中経過では、テナイ族だと気づく過程があったりするわけですけども(笑)。

また、あたりまえを書きますけど、人が持っているものは基本持てないわけです。でもそれって自分が持っているものも人が持てないものだったりするってぇことに人生50年くらいかけて気づくわけですね。

ことばで書くと、なんだそんなこと、なんですけどね。

で、できることをやったらええやん。

だんだんことばが標準語じゃなくなって、標準ごちゃ混ぜ西日本語になってしまうぅ。

みんなそうしたらおもしろいんじゃないかって、最近思い始めてます。

人間、ひとりひとり違うわけだから、理不尽なって思うぐらいの差があったりするんですね。それも比べちゃうとってことなんですけど。

で、そういうのあたりまえって思ったらいいし、テル族をうらやましく思ってもぜんぜん構わないし、でもタナイ族って開き直ってもええやんて。

で、自分ではそう思ってなくても、気がついたら人からテル族だと思われているかも知れないんだし。

きっと、いつの間にか自然にできることをやってると思うのでー。

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