ティッシューとハンカチ

投稿者: | 2017年1月4日

 人としてこの日本に生まれた以上、裸のままで何もしないで生きることはできない。環境が要求する振る舞いを、教えられたり、学んだりして、どうにかこうにかそれを常識として身につけて、その行動を軸にそれぞれのプラスアルファを個性だと自分に言い聞かせて生きるのだ。

 常識だと思っているものが、突然違う環境に置かれると、常識ではなくなることがある。これをカルチャーショックという。現代は、世界中に情報が行き渡り、カルチャーショックと思える場面に出会うことは少なくなっていると、多くの人々は思っている。が、そうではない。あまりに情報が多すぎるために、その常識外に置かれたものが見えにくくなっているだけなのだ。

 私はよくティッシューを使う。ちょっとした汚れを拭くのが便利だからだ。メガネの仕上げ拭きにも使うことがある。濡れ雑巾で拭いて最後にティッシューで拭き上げるのだ。あらゆる場面でティッシューは登場する。

 最近毎朝、洗い上がりの清潔なハンカチを用意するようになった。当たり前といえば当たり前ですが。昨日使ったハンカチを、ちょっとした汚れを拭くのに使う。そうすると、鼻をかむときくらいしかティッシューは使わない。自然とそうなってきた。タオルもこれは朝と言わず、昼でも夜でもよく取り替える。前に使ったタオルは同じようにちょっとした汚れを拭くのに使えるのだ。クリームを使ったあとの手を拭いたり、いろいろと便利だ。テーブルに飲み物をこぼしたときとか、ティッシューではなく、明日は洗濯する予定のタオルを使う。

 お風呂に入り、着替えたあとのTシャツもたまに布巾の代わりになる(パンツはさすがに使わないけど・・・)。どうせ明日は洗濯するのだから、使えるものはなんでも使う。そうすれば、下ろしたての布巾は仕上げ拭きに使うことが出来る。



 常識だと思っている、ほんのちょっとしたことも、意識を変えれば、変わる。そういうことがいっぱいあるような気がする。